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Re: RE: Re: 41手詰

 投稿者:案山子  投稿日:2012年 8月16日(木)15時45分18秒
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  > No.211[元記事へ]

>無鉄砲さん

詰将棋の奥の深さを教えていただきましてありがとうございます。
無鉄砲さんは指し将棋4段。詰将棋名人の腕前に感じました。
ところで宮松幹太郎(影水)の父親である宮松7段が昭和11年頃に大道将棋屋に
50銭取られたという話が載っていました。将棋日本という当時あった将棋雑誌に載ったようです。

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宮松七段が大道将棋屋に五十銭とられた話  傍観生
  (将棋日本 昭和12年4月号)

 暮もいよいよ押しつまった三十日の夕刻、銀ぶらとしゃれた宮松七段、ふと大道の詰将棋が
眼についた。立って見ている間に、一人の男が詰め損って五十銭とられた。
将棋屋は七段氏とも知らばこそ、傍に立っていた宮松七段にすすめたのである。
軽く応じた宮松氏は、深くも考えずに手を出した。ところが案外手強くて、これまた五十銭
とられることになってしまった。二回目に成功すれば前の五十銭もいらないというので、
今度こそは高段戦士の名誉にかけても仇を討ってやろうと大いに考えこんだのであるが、
詰みそうに見えてなかなか詰まない。沈思黙考十数分、ぐっと盤面をみつめていると、
その内に巡査が来て、将棋屋は店を閉じてしまった。残念ながら五十銭とられたのである。
その詰将棋と宮松七段の指手は次の通りです。
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・宮松七段の指手
 三一銀不成、三三玉、四四金、同角、二二飛成、四三玉、五二龍、三三玉、
 デ千日手トナリ宮松氏ノ負。

この詰将棋は29手のようです。ただし解答が載っていないのでわかりません。
もしよかったら時間のあるときに解いていただき答えを教えてもられえれば幸いです。

余談ですが、昭和11年というと 宮松関三郎七段が51歳くらい、幹太郎(影水)が
8歳くらいです。正月も近いのでお菓子でもかってやろうかと大道将棋に向かい返り討ちに
あってしまったというところでしょうか。実戦でもあるようなとっつきの良い問題なので
簡単に見えましたがやはりできませんでした。

現在、旅の途中なので将棋駒と盤が手元になく、画像での詰将棋案内となりました。

 
 
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